| 赤 坂 の 町 |
TBSの大きなビル、サントリーホール、アークヒルズ、ANAホテル,ホテル・オークラ、ホテル・ニューオータニなど大きなホテルを中心に多くのビジネス・ビルが立ち並んでいる。バブル崩壊後、盛んだった料亭は影を潜めている。
その昔、赤坂は忠臣蔵にでてくる南部坂のあるところで、武家屋敷が並んでいた。その屋敷の中に勝海舟の家もあった。
| 赤 坂 教 会 の 由 来 |
高等商学校(現・一ツ橋大学)の開校にあたって1875年、W・C・ホイットニーが日本に招かれている。1878年、勝は自分の敷地内に家を設け、それをホイットニー家に寄贈したらしい。娘クララは勝の息子梅太郎と結婚している。息子W・N・ホイットニーもそのとき来日した。
1886年、彼は医者として再来日し、勝の敷地に病院を建て、診療にあたった。クリスチャンであった彼は日曜日に待室で集会をもった。
1888年、妻の実弟であるジョージ・プレスウェート一家が宣教師として来日し、宣教活動は本格化していった。
1921年、赤坂福音会を組織し、正式な教会活動が始まった。
1940年、基督友会赤坂福音会となり、
1941年、日本基督教団赤坂氷川町教会と改称した。
1966年、日本基督教団赤坂教会となり、現在に至っている。
| 教 会 の 理 念 |
隣人を愛し、地域に仕え、世界宣教に貢献する