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2008年6月1日  人は2回生まれなければならない  姫井師   ゼカリヤ2章1〜5節

 ルソーは「人は2回生まれる」と言った。1回目は存在するため、2回目は生きるため。肉体的存在としての誕生と
霊的な新生とがある。多くの人は新生を知らず、肉体的な存在に関心がある。
 イスラエルはバビロンによって破壊された。帰還した人々は目に付く壁と神殿の修復に関心があった。本当に修復
しなければならないのは、心、魂、霊的な修復である。外側より内側が大切。
 ゼカリヤが見た3つ目の幻について
1、測り綱を持つ人
 外側を測ろうとしている。教会も教勢や会計に関心があって、測り難い人々の霊性がなおざりにされやすい。
 人間のからだも体重や身長、血圧で健康を測る。しかし精神的なことや霊的なことは疎かにされやすい。

2、もうひとりの御使い
  測るつもりの城壁はいらいない。神は開放しようとしておられる。教会は教派や神学の壁を作って、交流したり
  協力して伝道しようとしない。教会は神の臨在の場。だれでも出入り自由。開かれた教会でありたい。
  サタンからの攻撃には神が火の壁となってくださる。

3、量か質か
  双方に関連がある。量は測れるが質は測りがたい。実質が問題。クリスチャン個人個人の霊性が日本宣教、
  教会の将来を決める。しっかりと神につながる、霊的な質を神は求められる。神が内を栄光で満たしてくださる。
  霊的成長を求めよう。今から聖餐式を行なう。ここで再度神との関係を調整しよう。