2008年3月30日 切なる願いとは何ですか 姫井師 ピリピ1章20節
願い、それは健康、美貌、名誉、地位、財産、家、車、子どもの成長、結婚などなど限りなくありそう。
パウロは何を願っただろうか。
1、恥じない生き方
パウロは主のために投獄されていた。でも恥とは思っていない。イエスは犯罪人のように裁かれ、十字架に
つけられた。でも恥とは思っていない。この世では偽装したり、盗用したり、偽物がいっぱい。本来恥じねば
ならないのに恥と思っていない。これは間違い。あなたはクリスチャンであることを恥じているか。飲食、お金の
使い方、人間関係、あらゆる面で恥じないクリスチャン生活を送ろう。
2、大胆に福音を語る生き方
いつものように、いまも、とパウロは言っている。いつでも、誰に対しても福音を大胆に語れるクリスチャンで
ありたい。異教的な親族の中でも、会社の上司に対しても。
3、キリストが崇められる生き方
生きるにしても死ぬにしても、神が崇められることをパウロは切に願った。うまく業績を伸ばせても、人から
高く評価されても、すべては主の恵み。 By the grace of God.
きょうで2007年度の活動は終了した。この1年間のみ前での歩みはいかがだったか。パウロが切に願ったように
私たちも、恥じない生き方、大胆に福音を語る生き方、すべての栄光を主に帰する生き方。これを切に求めよう。