2008年2月24日 傷ついている人々よ 姫井師 ヨハネ 20章19〜23節
口は災いの元と言う。ことばは暴力になる(箴言11:9)。舌を制御するのは難しい(ヤコブ3:8)
肉体的な共に心の傷がある。
1、イエスはなぜ傷があるままによみがえられたのか。
十字架にかかったことの証拠。トマスの信仰回復のため。人は傷つけ合う者だ、そして傷は簡単には消えない
ものだということを現わすため。
教会の中にも、傷つけ合うことは起こりうる。非難、中傷、陰口。
教会が魅力ある場所で無くなるのはなぜだろうか。現代的な音楽がないからか。伝統と規則で縛っているからか。
教会を構成しているクリスチャンに魅力が無いからではないか。傷つけ合うなら、魅力は無くなる。
2、平安があるようにと言われたイエス
イエスも傷を負った。十字架で、弟子達の離散で、群衆の叫びで、当時の指導者たちの謀反で。肉体的な傷だけ
でなく、心の傷もあった。しかし主はすべてを赦され、「平安があるように」と言われた。
私たちも傷つけた人に「平安があるように」と言える者にさせていただこう。
3、派遣されたイエス
弟子たちを赦しただけでなく、平安を伝える者として派遣した。鍵をかけ、部屋に閉じこもっていた弟子たちを外に
派遣した。息を吹きかけ、聖霊を受けよ、と言われた。私たちも聖霊の満たしを受け、外にいる多くの傷ついた人々
の所に出て行こう。平安を伝えよう。
*傷を負っている人は、癒しを求めよう。
*傷つけたと感じている人、赦しを求めよう。
*聖霊の満たしを受けて、平安の福音を携えて出て行こう。