2006年7月9日 聖書は神のことば 1テサロニケ2章13節 姫井牧師
きょうで連続講解説教の8回目になる。パウロの「伝道の動機」について、さらにどのように具体的に
伝道を実践したのかについて学んだ。きょうはテサロニケの人々がパウロの話を人間の言葉としてではなく、
神のことばとして受け止めてくれたことについて書いている部分をご一緒に学ぼう。
1、聖書は神の霊感によって書かれた
日本基督教団の信仰告白にもこのことは明記されている。
2テモテ3:16、2ペテロ1:20−21
実際にモーセ、ダビデ、イエス、パウロは聖書を神のことばとして位置づけている。
聖書の権威はマタイ5:18
2、霊感の解釈
*機械的霊感 ロボットのように書かせられた。
*人間的霊感 ひらめいたことを書いた。
*部分的霊感 神が語った部分のみで、人が書いた部分は霊感を受けていない。
*十全霊感 すべてに神の霊感がある。思想にも言語にも。
3、無謬性と無誤性
歴史の記述や科学的記述には過ちがある、と主張する論議があるが、受け入れられない。
日本でもこの論議は起こり、1960年代に日本聖書信仰同盟が結成され、聖書信仰の運動が
活発になされ、この信仰が犯されないように啓蒙活動がなされた。
私たちの信仰の土台が「聖書が神のことば」であることによっている。岩の上に家を建てるのか、
砂の上かは大きな違いをもたらす。テサロニケの人々は神のことばとして受け入れてくれた、とパウロは
言っているが、そうでなかった人々もいた。使徒17:11−13 だからこそ、パウロはこの手紙を書いたのであろう。