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2006年5月28日   初めの頃を思い返して  1テサロニケ2章1〜2節      姫井牧師

結婚生活、就職生活、信仰生活、初めがありました。あの頃のことを思い返して見ましょう。あの時の愛情、情熱、意気込み。
どこかへ消えていませんか。信仰の熱情がさめていませんか。
使徒17章1〜4節に、パウロたちがテサロニケ教会を開拓した頃のことが書かれています。

1、無駄ではなかった(1)
  労して労しても実が結べないと、「無駄だった」と思いやすいのではないでしょうか。
  尊い香油をイエスの足元に流した出来事に対し、弟子たちは「無駄だ」と言いました(マタイ26章8節)。
  しかし、主は無駄だとは言いませんでした。その意味を高く評価しました。
  主のための労は決して無駄にはなりません(1コリント15章58節)。
  パウロは主からの恵みを無駄にはしませんでした(1コリント15章10節)
2、激しい戦い(2)
  ピリピでの苦しみと辱め(使徒16章12節)。パウロは後になってその出来事を回顧しています(ピリピ2章16節)。
  テサロニケでも苦しみに会いました(使徒17章5〜10節)。
  敬虔に生きようと思えば、迫害は当然(2テモテ3章12節)
3、大胆に神の福音を(2)
  このような苦しみで宣教をひるむようなパウロではありませんでした。
  私たちは人の顔色を伺い、臆病になり、不信仰になってはいけません。
  ペテロとヨハネは使徒4章12〜13節で分かるように宣教にあたりました。
  その力の源は祈りでした(使徒4章29〜31節)。