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2006年4月2日     姫井師  わたしを裏切る者  マルコ14章17〜25節

レントの最後の主日礼拝。次の礼拝は棕櫚の日礼拝、この週が「受難週」で、イエスが十字架にかかられるのです。
受難週の中で、イエスが弟子達と過ぎ越しの食事をなさった記事があります。きょうの聖書の箇所がその部分です。
過ぎ越しというのは、イスラエル人にとってはとても大切な日で、エジプトの圧制からモーセに率いられて出エジプトしたことを
記念する日です。その食事をするために用意をするようにと弟子達に命じました。そして食事が始まったのです。
食事の間に、足を洗ったり、聖餐式を定めたりしていますが、イエスは和やかな食事の雰囲気を一掃するかのように
「わたしを裏切る者がいる」と爆弾宣言をなさいます。
1、裏切ろうとする者への警告
 何度かに亘って警告を発しています。でも裏切る者はそれを無視します。私たちの周りにも「裏切る人」、いじめる人
 ごまかす人が多くいるように思います。騙されないようにしなければなりませんが、断罪するより、絶交状態にするより
 どこかに和解の道を設けておきたいと思います。

2、裏切ろうとする者へのあわれみ
 足を洗ったり、聖餐のことを話したり、イエスの十字架についての話をしています。イエスは憐れみの情を掛け続けています。
 でもサタンに心奪われているユダは聖餐のパンをいただくや、出て行きました(ヨハネ13:26〜30)。

3、裏切ろうとする者への愛
 イエスは愛を残りなく注いだ(ヨハネ13:1)と聖書は述べています。そして、ついにユダは口付けをもって、群衆に「この人が
 イエスである」ことを知らせました。イエスはこのような状況にあっても、ユダに対して「友よ」と声を掛けています(マタイ26:
 50)。

人の心は何とかたくななことでしょう。神の愛の深さ、広さ、長さ、高さを覚えて、習う者でありたいと思います。
イエスを裏切る者にならずに、仕える者とさせていただきましょう。