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2006年11月19日  キリストはもう1度来られる   1テサロニケ5章23〜24節  姫井師

再臨に触れてきたパウロは締めくくりに来て、祈りを捧げている。いかなる祈りだっただろうか。

1、全く聖なるものとしてくださるように
  パウロは3:13でも同じような祈りを捧げている。4:4はからだを聖く保つようにとの勧めである。いずれにしろ
  クリスチャンは「聖」でなければならない。それは人間の努力で出来るものではなく、主の憐れみによる。
  神のみ前に「聖」なるものとしての歩みをしたい。
2、責められるところがないように
  パウロはこの点に十分な注意を払っていた。 1コリント9:27  1テサロニケ2:10
  聖なる者とせられたクリスチャンは他人のチリには気がつきやすい。しかし、自らに梁があることを忘れない
  ように。
  パウロはからだを打ち叩いても、責められないような生活をしたとあかししている。
3、霊、魂、からだが完全に守られるように
  全人格的に守られるようにと言うこと。内外からの執拗な攻撃にも、主の力によって守られるように。
  救いの恵みに与り、霊の力を得、精神的にも強められ、肉体的も聖霊の宮として清く保つことによって
  守られる。

パウロは、平和の神、真実なお方に祈っている。私たちも同じ神に祈ろう。いつ主がお出でくださっても良いように
備えられて者にしていただこう。