2006年1月15日 姫井牧師 喜びはどこから 詩篇95篇1ー8節
うれしくなると子どもは自作自演の歌と踊りでその喜びを表現します。大人になるにつれ、理性が働くのか
あまり喜びを表に出さないようにするむきがあります。でも子どもが喜んでいる姿をうれしく思わない親はいないでしょう。
とすると、私たちが喜んでいる姿を神様はそれをご覧になってきっと喜んでくださることでしょう。
どのようにして神を喜ばすべきか、それは私たちが喜ぶことによってです。
1、喜びは神から(3−5節)
私たちの存在は神によるのです。創造者であられる神としっかりと結びつくこと、ここから愛、いのち、喜びは
湧いてきます。試練を乗り越え、明るく希望をもって歩み続けられるのは、神との関係によるのです。
神を畏れることが知識の初め(箴言1章7節)であるように、神を畏れることは、喜びの源です。
2、喜びの表現(1−2節)
歌う、叫ぶ、感謝する、という表現が書かれています。表現の仕方は、文化、習慣、年齢などによって違いがあります。
他の人の喜びの表現をさげすんだり、批判してはいけません。むしろ直に表現したいものです。
3、喜びをもつ秘訣(6−8節)
神のみ前に来て、伏し拝み、ひれ伏す、ひざまづく、心を開いてみ声を聞く、このようにして神につながり続ける
ことが喜びを持たせ、持ち続けさせてくださる秘訣です。
神との関係を正しくいたしましょう。正しくするために、イエスが十字架にかかってくださったのです。イエスをキリスト(救い主)
として、きょう、心に迎えましょう。あなたも喜びに満ちた人生を送りたいと思っておられることでしょう。